大阪日日新聞 「澪標」 にてコラムが掲載されました。

「食べる」ことの効用と大切さ

平成24年5月18日

「食べる」ということはどういうことでしょう。野生の動物では食べることができなければ即、死に至ります。つまり生きることそのものなのです。また、いつまでもおいしいものを食べたいという欲求は続きます。幸せに生きていくうえでとても大切なことなのです。

 私たちは普段、「食べる」という行為を何も考えずに行っていますが、自然に身に付く能力ではありません。生まれてきてすぐの赤ちゃんは、乳を飲みます。これは、吸綴(きゅうてつ)反射というもともと人に備わった能力です。しかし「食べる」ことは離乳食を経て、食べる練習を積み重ね、発達していく能力なのです。それは、新しく入れ歯を入れた時、病により口から「食べる」ことが長期間できなかった時、高次脳機能障害が起きた時にも「食べる」訓練が必要なのです。

 「食べる」という行動は、どのように遂行されているでしょうか。「食べる」というとただ単に歯をつかってものを噛(か)みすりつぶす、と簡単に考えているかもしれません。私たちは、食品によって食べ方を少しずつ変えています。

 例えば、豆腐、歯をほとんど使わず、舌で豆腐を上あごに押しつけ、つぶして食べています。肉は、犬歯などで引きちぎりながら小さくし、奥歯で飲み込みやすい形にします。白米は、最初から比較的奥のほうで食べます。もちろん、「食べる」機能を獲得してきた過程や歯の数など口の中の環境の違いにより、個人差があります。

 食べ物を目で見、鼻で匂いを嗅ぎ、歯で硬さを感知します。口の中は、ご飯の中に髪の毛一本交ざっていても、それを識別できる鋭敏な感覚を持っています。一瞬のうちに食べ物の性状、量、口の中での位置を感知し、それらの情報が脳に入り、脳からの指令を受け、その食べ物に、一番適した食べ方を行っているのです。

 舌と口の中の粘膜とで歯の上に食べ物をのせ、これを噛み砕きます。噛み砕かれ、刻々と変わっていく食べ物の性状に合わせた噛み方をしながら、舌を使い、食べ物と唾液と混ぜ合わせ、飲み込むのに適した形へ変え、飲み込むために口の奥のほうへと送り込んでいきます。

 正常な「食べる」運動を営むために、歯、顎、顎の関節、舌、唇、口の中の粘膜、顎や舌を動かす筋肉、唾液、目、鼻、耳、感覚神経、運動神経、脳などほんとうにたくさんの機能が密接に結び付き、巨大なシステムを構成し、フル回転させています。

 「食べる」ことは全身や精神にたくさんのいい効用があります。「食べる」ことにどんな効用があり、いかに大切であるか、また効果的に効用を得ることのできる「食べる」方法を連載していきたいと思います。

 (大阪市東住吉区)

しっかり噛認知症予防

平成24年6月29日

 

しっかり噛(か)んで食べると認知症の予防になる、頭がよくなるという話を聞いたことはありますか?

 「食べる」と脳の機能について様々(さまざま)な研究が行われています。食べる能力の低下が高齢者ではアルツハイマー病を発症する確率を上昇させ、小児では知的能力の発達に関与することが報告されています。動物実験でも、歯を抜くと脳の老化を促進し、しっかり噛んで食べると学習記憶能力を向上させる脳内の化学物質が増え、脳の老化を遅延させることが分かりました。つまり、食べることや歯の喪失は脳の機能と密接に関係しているのです。

 日本人は懐石料理や幕の内弁当などに代表されるよう、食材の香りや色合いを大切にし、盛り付けにも気を使います。食物を目で見て(視覚)、匂いを嗅ぎ(嗅覚)、噛んだ音を聞く(聴覚)といった感覚のセンサーを働かせます。口には、粘膜や舌に限らず歯の根の先端にまでセンサーが存在します。温度(温覚)・触れる(触覚・圧覚)・痛み(痛覚)など全身の皮膚にもある一般的な感覚に加えて味わう(味覚)といった特殊な感覚センサーがあることも特徴です。

 それらの感度や精度は非常に高く、指先を除く体のどこよりも敏感です。食べている間中、食べ物を1カ所にじっとさせておくことはありません。常に食べ物を口の中で移動させ、1回噛むごとに変わる食物の情報を脳に送っています。

 感覚情報を受け取り、運動の指令を出す所が脳の大脳皮質にあります。口やその周辺からの情報が全身からはいってくる全ての情報の3分の1を占めています。「食べる」ことは、脳の広い範囲を活性化し、記憶や学習の効果を高めるのです。

 歯が無くなったり、痛くて噛めなくなれば、柔らかいものを食べるでしょう。それでは、脳に入る情報量、脳から出ていく情報量ともに乏しく、活性が低くなり、脳の老化を促進するのではないかと考えることができます。

 こめかみあたりに指を置いてください。ぎゅーっと噛むと動くことがわりますか? 「食べる」は下の顎を動かす、舌を動かす、唇を閉じ、唇や頬や顔を動かす運動です。こめかみあたりから首にかけて、30種類以上の筋肉が一糸乱れぬ協調性を発揮して動きます。

 食べ物の種類や、食べ物がこなれていく過程に従って、噛み方を変えながら食べているのですから、脳へ、脳での、脳からの情報量はすごいものです。

 食べるために動く筋肉は、頭に非常に近いところで動きます。これらの筋肉が動くと脳の血流量が増えます。脳の血流量が増えると、脳の血液循環をよくし、脳細胞の代謝活性を盛んにさせます。運動によっても、脳の発達と活動を促進することができるのです。

 食べるという行為でこの効用は発揮されます。代用運動としてガムを噛むという運動をよく推奨されますが、食べ物の性状の変化がほとんどなく、同じ運動の繰り返しであるため、ここまでの効用は期待できません。

 なにより、よく噛み、よく味わい、いろいろなものを楽しんで食べることが大切なのです

 (いまい・あつこ 大阪市東住吉区)

しっかり噛んでたくさんの効用

平成24年8月10日

食べる」ことは脳によいということを前回書きました。「食べる」ことは他にもたくさんの効用を持ちます。

 肥満防止に効果的です。空腹感や満腹感は、胃や腸で感じるのではなく脳で感じます。「食べる」ことは、人が生きるために持っている本能の一つです。消費するエネルギーと摂食するエネルギーの均衡が取れるようになっています。

 神経性ヒスタミンは満腹中枢を刺激する神経をコントロールする物質で、私たちはこの神経性ヒスタミンが脳で生成されることで必要以上に食物を摂取しないようになっています。

 よく噛(か)んで「食べる」という行為が脳を刺激し、神経性ヒスタミンを活性化します。すなわち、しっかり噛んで食べると食欲が抑えられるのです。この神経性ヒスタミンは脂肪組織の分解を促進することも明らかになっています。

 また、食事をすると肝臓や筋肉から糖分が血液中に放出され、血糖値が上がります。血糖が上がり、脳に伝わると満腹中枢を刺激して食事の量をコントロールします。しっかり噛んで食べると血糖の上昇が速くなり、満腹中枢が早めに刺激され食べすぎるのを防ぎます。

 視力にも関係しています。食べ物と視力に関するアンケートで軟らかい食べ物より硬い食べ物を好む人は、視力がいいという報告があります。柔らかいものが多い現代食では、食べるための筋肉の活動が少なくなり、顎や顔の骨の成長に影響を及ぼし、さらには歯並びの不正や顎(がく)関節の異常を起こしていると報告されています。

 眼窩(がんか)といって目の入っている窪(くぼ)みの変形も引き起こし、近視が増えたとの学説や、目の毛様体筋を含む顔面の筋力が低下し、水晶体の調節を困難にした結果、視力を低下させたという学説もあります。

 美容効果があります。鏡で顔を見てください。右と左で違うと思います。これにも食べることが関わっています。もともとの骨が右と左で違うのではなく、骨についている筋肉が違うのです。

 人には手に利き手があるように、食べる時も噛みやすいほうがあります。よく噛むほうが筋肉は大きく引き締まっています。あまり噛まないほうは筋肉も小さくたるんでいます。左右バランスよく食べることで均整のとれた顔になります。

 しっかり噛んで食べることで顔の表情を作る筋肉が発達し、表情が豊かになり、たるみが解消されます。顔全体の血流もよくなりますので、肌の状態もよくなります。

 ストレスを緩和する作用があります。人に心理的なストレスが加わると血液中のノルアドレナリンやドーパミンが上昇します。セロトニンは、ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用のある伝達物質です。

 セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、暴力的(キレる)になったり、うつ病を発症するといわれています。20分以上食べるという動作を続けると、このセロトニン神経を活性化することができます。

 ゆっくり食事の時間を持ち、しっかり噛んで食べることは、日常生活の中で気軽に行えるリズム運動であり、精神状態のバランスをよくすることができるのです。

 毎日の食事で、ゆっくりとした時間を持ち、しっかり噛んで食べることを意識するだけでたくさんの効用があるのです。

 (いまい・あつこ 大阪市東住吉区)

人の体に唾液は大切

平成24年9月21日

 

これまで、「しっかり噛(か)んで食べる」ことの大切さを書いてきました。今回は、口の中で重要な役割を果たす唾液についてお話しましょう。

 唾液は、食事や会話をスムーズにしてくれます。唾液がなければ歯や食べ物が口の中の粘膜とこすれて痛みがでます。唾液が出すぎても、話の途中に唾液が飛び散り、話しにくいでしょう。食事や会話に必要な適度な唾液を分泌しているのです。唾液の分泌は、自律神経という心臓・呼吸・胃や腸の運動などの基本的な動きを正常に保つための神経によって調節されています。

 体の水分量が適当な時には唾液は持続的に分泌されています。発汗など大量に体内の水分量が消失した時は、唾液の分泌を低下させ、口や喉の渇きを引き起こし、体の水分消失の警告を鳴らします。体温の調節維持にも関与しています。人の体にとって唾液は大切なものなのです。

 唾液が食べ物の中にある味の物質を溶かし、舌で味を感じることができます。よく噛めば噛むほど美味(おい)しく感じることができます。

 食べ物を飲み込むとき、食べ物が軟らかく、小さくなってからでないと飲み込めません。大きいまま、硬いままだと、喉につかえて苦しくなります。食べ物を口に入れ噛んでいる間に、食べ物の形を小さく粉砕するだけでなく、唾液と混ぜ合わせることで飲み込みやすい形に食べ物を変え、食道を通り胃に入るまで粘膜を傷つけることの無いように食べ物の滑りをよくしているのです。

 噛んで食べている間に、消化の第一歩が始まります。唾液にはアミラーゼという消化酵素が含まれていて、食べ物の中に含まれたでんぷんを消化すると、胃の消化酵素であるペプシンが働きだします。消化は、胃から起こるのではなく、唾液の力を借りて、口から始まっているのです。しっかり噛むことで胃や腸の消化が助けられ、負担を軽くするだけでなく、肥満防止にもなります。

 唾液には、口の中や歯に残った食べかすを洗い流すシャワーの役目もあります。このシャワーは、口の中の細菌の繁殖を抑える作用を持ち、口臭を消す役割もあります。

 歯の表面に薄い膜をつくり虫歯を予防する保護作用を持ちます。ごく初期の出来たての虫歯表面にも働き、元の健康な歯に戻してくれる働きもあるのです。

 口はそのすぐ奥に食道から胃、気管から肺につながっている必要なものの入り口でもあり、空中に飛び交う病原菌など危険なものの入り口にもなります。細菌の感染など有害なものから身を守るさまざまな物質が唾液中に含まれています。食べ物の中にある発がん性物質を抑える物質も唾液に含まれています。

 唾液は、人間が生きていくために必要な多くの種類のホルモンや酵素類を豊富に持っています。動脈硬化や認知症の原因となる物質の発生を防ぐ。血のめぐりをよくし、体の隅々まで栄養を行き渡らせ筋力を高め体の組織を丈夫にして老化を防ぐ。顔色をよくし、肌にハリをもたせ、若返りできる。精神を安定させる。など素晴らしい効力を持つのです。

 唾液は、血液から、1日に1~1・5リットル作られます。しっかり噛むとよりたくさんの上質な唾液が出てきます。しっかり噛んで食べることが何より効果的なのです。

 (いまい・あつこ 大阪市東住吉区)

効果的な咀嚼しよう

平成24年11月2日

 

咀嚼(そしゃく)する(しっかり噛(か)んで食べる)ことは消化を助けるためだけではなく、疾病の予防、脳の活性化、精神状態のバランスをよくする、つまりは、健康につながるという話をしてきました。最終回は、「効果的な咀嚼しよう」です。

 痛い歯があったり、合わない入れ歯を入れていると、しっかり噛んで食べることはできません。まずは、歯科医院に行って治療をしましょう。

 1口ごとに30回噛みましょう!が推奨されています。しかし、加工食品が普及し、ここ数十年で柔らかい食品が好まれる軟食になってしまった今の食事で1口に30回咀嚼することは、とても難しいことです。

 また、30回噛もうとすると、食べ物を口に入れ、数えることに注意をはらい、彩り・匂い・味も分からないまま、食事はトレーニングと化します。

 楽しい・おいしいという精神的な要素が加わらなくては、せっかくとった十分な栄養は生かされません。

 食べ物を見て、匂いをかぎ、噛んだ音を楽しむ。しっかり噛んで1噛みごとに変わっていく味や食品の感覚を感じましょう。脳をフル回転して食べることが効果的なのです。

 食事を楽しみながら、食品の選び方や調理方法に手を加え、咀嚼する回数を増やしましょう。

 1、食品を選ぶとき、固いものを選ぶことを心がけましょう。入れ歯だと硬いものは…という方は、無理せず、今食べることのできる硬めの食品を選びましょう。れんこんやごぼうなどの根菜や切り干し大根などの乾物など、日本らしいものも効果的です。

 2、調理する肉や野菜をいつもより少し大きく切りましょう。皮をわざと少し残してもよいでしょう。

 3、炒める、炊くといった調理の時間を短縮しましょう。軟らかすぎず、噛み応えの残る程度に。

 4、サラダや冷奴(ひややっこ)の上にはかりかりに炒めたベーコンや細かく砕いたナッツ、レーズンやじゃこを入れましょう。

 5、白米の代わりに玄米とまでもいかなくても、9分米、7分米を炊きましょう。

 6、1口ごとに箸(はし)をおきましょう。

 7、食事の時の水分は控えましょう。流し食べといわれる水で流し込むことはやめましょう。

 これだけで、咀嚼する回数は増えます。調理するときに咀嚼を考え、いただくときにはおいしく!を推奨したいと思います。

 お弁当の購入や外食のときは、やきめしなど単一のものよりもたくさん種類の食材の入った幕の内のようなお弁当を選ぶことも重要です。いろいろな食材を食べることにより効果的な咀嚼ができるのです。

 食事は、人間の生命の源であると同時に楽しいものです。楽しみながら、咀嚼することを少し意識するだけで健やかな生活を送れるすばらしい効果が期待できるのです。

 (いまい・あつこ 大阪市東住吉区)